B社・上海工場の事例 (その1)
~『工場内の3S・見える化』の教育・導入・定着・継続~
《まえがき》
グローバル化時代を迎え、さかんに行われてきたわが国企業の海外進出。
最近は、原材料の高騰や進出先の法制度のたび重なる変更、また進出する側の派遣人材確保の難しさから、海外での活動を自粛する企業が出はじめている。
事実、中国・上海市とその周辺へ進出している日系企業の数は約4000社あるが、近年、新規の進出企業数はピークを過ぎた。
しかし、コスト削減や現地マーケットへの進出による利益拡大を目指す企業にとって、海外進出は依然大きな魅力がある。
このような中、今回、株式会社マイツの上海邁伊茲(マイツ)咨詢有限公司と業務委託契約を結び、同社の顧客であるA社、B社、C社のコンサルティングを行った。
株式会社マイツと言えば、上海、大連、深圳、蘇州、天津と大陸にいくつもの拠点を持ち、クライアント数も770社以上の会計事務所を母体とした、大手コンサルティング会社である。
日系企業向けのコンサルティング会社としては、中国最大である。
【写真は、上海邁伊茲(マイツ)咨詢有限公司(浦西)が入居している 上海市徐匯区 港匯中心1座 にあるツインタワービル】
今回の契約内容は、同社の業務サービスの一つである「経営支援業務」関連の委託である。
これは、株式会社マイツが今後いかにして時代に合わせたサービスを提供していくかということで、経営管理的な視点から工場の業務改善を考えておられる企業向けに開拓した新しい業務分野である。
経営支援業務は大きく4つに分類されている。
①経営(全体業務)改善、経営指導、臨時経営者の派遣
②経営(部分業務)改善及び指導
③工場、生産プロセス改善・指導
④従業員・現場ワーカー指導・教育
私が実施したコンサルティングは、上記の②・③・④に該当する。
今回お引き受けしたA・B・Cの3社はいずれも製造業であり、上海市周辺の異なった工業区に立地していた。
ここでは、B社・上海工場の事例について述べていく。
B社からお受けした依頼内容は、同社上海工場の『工場内の3S・見える化』の導入である。
期間は、昨年12月1日から今年4月6日までの約4ヶ月間であった。
《B社 上海工場の紹介》
先に少しB社・上海工場の紹介をしよう。
B社・上海工場は、上海邁伊茲(マイツ)咨詢有限公司(浦西)がある上海市内の徐匯区から南西に車で40分から50分走ったところに立地している。
このあたりは松江と呼ばれ、多くの日系企業が進出していることでも有名な工業区がある。
従業員数は約80名、うち日本人出向者は4名。
同工場は、ここで主に金属製のフレキシブルチューブを生産し、中国国内販売はもとより日本やヨーロッパへも輸出している。
同社は、現在の社長に交代してから、数々の経営改革策を実行に移しており、今回の上海工場の『工場内の3S・見える化』取り組みもその一環であった。
《お客様から観た工場の第一印象》
昨年の11末、私は上海邁伊茲(マイツ)咨詢有限公司の社員で私の通訳でありアシスタントのKさん(女性)と、B社・上海工場を訪問した。
これ以降、Kさんとは今年の4月中旬まで一緒に仕事をすることになる。
Kさんは大変優秀な通訳でありアシスタントでもあった。
B社・上海工場のS総経理の案内で工場内を見学した。
私は、会社や工場を見学する際に予め決めていることがある。
それは、「工場は一番のセールスマンである」と言う認識のもと、100%お客様側からの視点で工場を観、説明を聴く。
規模的にはさほど広くない工場を、約2時間かけてじっくりと観せて頂いた。
その結果、私が観た「お客様から観た工場の第一印象」として、
[1]現場が、完成品や材料在庫でいっぱい(床や棚の最上部まで積まれている)
[2]遊休設備が作業の邪魔をしている
[3]作業性が悪いレイアウト(通路・棚・作業台等)
[4]在庫で遮られた窓 ⇒ 太陽光が射し込まず暗い現場
[5]壊れた床や柱、汚れた床・壁・柱・階段・天窓等
[6]配慮に乏しい作業者への安全対策
【在庫の山となっている仕掛品】
以上のような印象を受け、そしてこのような環境下で生産される製品品質のレベルに疑問を抱いた。聞けば、工場設立以来、従業員教育は殆ど出来ていないという。
だから今回のプロジェクトを推進していく過程で、我々プロにお願いしたと言う説明であった。
工場見学中に浴びた現地従業員からの“冷やかな視線”。
まるで侵入者をみる目だ。
歓迎されていないことがよくわかる。
こちらから挨拶をしても、何にもかえってこない。
見学の間、挨拶に応えてくれた現地従業員は2名だけであった。
これから始まる『工場内の3S・見える化』導入プロジェクトの趣旨が、全従業員に明確に伝わっていないと感じた。
工場内は、とにかく“汚れている”。
通路を観ると、“埃”がいっぱい。
床には、重量物を引きずってできた“キズ跡”も多い。

【床のキズがいたるところに見受けられた】
材料倉庫内には、床のコンクリートが砕け、深さ約4㎝、A4サイズの広さの穴もあいていた。
この通路を通って、リフトや台車で材料・完成品が運ばれていた。
作業者の安全に対する配慮の無さを感じた。
このような個所は、何をおいても直ぐに修理をしなければならない。
安全対策の欠如に関する指摘事項は、今回の取り組み「Before・After」で掲示した写真の中でも、その枚数が最も多かった。
【割れたガラスの破片が残ったままの窓:時々作業者がこの下を通る】
白い壁や柱には、なぜか“靴跡”や“軍手跡”が多くついている。
ひとつの柱に幾つもの“靴跡”がついている。
中には、“靴跡”が私の身長を超える高さの位置についている柱もあった。
どうすればこのような高い位置に“靴跡”をつけることが出来るのか。
同工場には、見学通路沿いに64本の柱があったが、なんとこのうちの48本に上記の“靴跡”、“軍手跡”がついていた。
白い壁のいたるところにも同様の“靴跡”、“軍手跡”がついていた。

【柱や壁につけられた“靴跡”】
見学していると、作業場所や通路が雑然としている。
よく観ると、ガスホースや電気コードの配線が何の整理もされずに、無秩序に床を這っている。
ある時には、作業用の椅子でガスホースを踏みつけている光景も見受けられた。

【ガスホースや電気コードが床を這っている】
作業台の高さもまちまちで、搬送時にモノの上げ降ろしが必ず発生する配置。
作業場所と通路の境界も曖昧。
INとOUTのモノの流れを考慮しないで、継ぎ足されてきたレイアウトそのままである。
ある場所では、部品の棚がメイン通路にはみ出し、通路が90度曲げられていた。
モノが通路に溢れ、通路そのものが狭くなった工場は過去に何度も観たことがあったが、棚によってメイン通路が曲げられた工場を観たのは今回が初めてであった。
本末転倒である。
工場の天井は高いが、入口から奥の突き当りまで、壁際に沿って“高い棚”が設置されている。
この“高い棚”の最上段まで完成品や材料が積まれ、太陽の光を遮っている。
従って、現場は昼なお暗い。

【太陽光が射し込まない暗い現場】
雑然と感じるもう一つの理由は、床や棚の最上段まで山と積まれた材料・製品在庫である。
材料在庫に関して言うと、梱包材(段ボール)がやたらと多い。
その大きさもまちまちであり、しかも殆どが棚の上方に積んである。
製品在庫も、床に、棚に溢れている。
棚には、荷崩れを起こし始めた製品が多々見受けられた。
この荷崩れからは、在庫期間の長さもうかがわれる。
【在庫の荷崩れから時間の長さがうかがわれる】
私見であるが、余剰在庫の原因は一つしかないと思っている。
“人が多すぎるからである。”
そして、多くの場合責任者は、全員が常に働いているように仕向ける。
“在庫の山”は、こうして築かれていく。
彼らは、「従業員をいつも働かせないといけない」と言う考え方から抜け出せないでいる。
「従業員を働かせることと利益を上げることは別」と言うことに気が付いていない。
今までの経験から、このような傾向は年配の責任者に多く見受けられる。
よく「トップの意識は、そのまま現場に反映される。現場は常に鏡である。」と言われる。
この工場は、生産活動開始後数年を経過していても、殆ど何も変わっていない。
言葉を変えると、責任者のビジョンを基軸にした取り組みが見えない。
「責任者が、殆ど何も手をつけていない」と言われても、言い訳できない状態である。
責任者が「変えること」を知らないと、その現場には「創造性」も無ければ「知恵」も生まれない。
全く悲しいことである。
このような環境下で、『工場内の3S・見える化』を導入していかなければならない。
しかも、ごく短期間にである。
私は、まず責任者の意識から変えていかねばならなかった。
《S総経理の方針》
工場見学後、ひとつの会議室に通された。
会議室での懇談中、私はS総経理にこの工場を運営していく上での貴方の方針(ビジョン)や戦略を教えてくださいとお願いした。
なぜなら、『3S・見える化』はあくまでも手段であって、それ自体が目的とはなりえない。
この時、S総経理からは明確な回答を頂けなかったので、今後、当工場をどのようにしていきたいかを「方針」と言う形で表してくださいとお願いした。
後日、S総経理からは3つの方針を示して頂いた。
《S総経理の3つの方針》
[1]明るい職場をつくる
[2]美しい職場をつくる
[3]働きやすい職場をつくる
S総経理の方針は、中国人の従業員に対しそれを守らせると言う意味において的をえている。
私見であるが、この国の人々は個人や家族、またその一族の利益を第一に考えて行動すると言っても過言ではない。
方針や具体的目標が示されたとき、彼らはそれを自分の利益を中心に考え、判断し、行動する。
これは、改革開放後30年を経過した後に生まれた彼らがそうだと言う訳ではない。
歴史的にみた、この国の人たちの行動基準である。
(もちろん、全国民がそうだと言うのではない)
従って、彼らの損得勘定を抜きにした施策は守られないし、根付かない。
私は、S総経理の方針を具現化していく為に、その手段として『3S・見える化』を展開していくことを全従業員に明確に伝え、理解して貰うことからスタートした。
(次回へ続く・・・)