株式会社 Big Gain (ビッグ・ゲイン)/ 製造現場におけるコスト削減支援コンサルタント会社

株式会社 Big Gain (ビッグ・ゲイン)
「大きく成長させる」あなたの会社を大きく成長させる製造コスト削減コンサルタント会社

N株式会社滋賀事業所の支援活動を終えて(前編)

2016年10月31日、N株式会社滋賀事業所の支援活動を終えた。
同社の支援は、公益財団法人滋賀県産業支援プラザからの依頼によるものであった。
期間は、2016年4月から2016年10月、10回(4時間コース)。
依頼内容は、『在庫管理の合理化・近代化に関する助言・指導』。
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同社は、滋賀県東近江市を中心に事業活動を展開されている。
業種は金属製品の製造・販売で、従業員数は約100名、内滋賀事業所は約50名。
同社の直近の売上高は6,120百万円、1人当たりの売上高は60百万円を優に超える。
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支援活動に着手する前に、事前に同社T取締役と滋賀県産業支援プラザの担当者をふくめ、打ち合わせを行った。
T取締役によると、滋賀事業所では近年特に製品の種類が増え小ロット化したため、その発注形態や管理が複雑になり、十分な管理が出来ていないとのこと。
現在の担当者任せの業務では、在庫金額が膨らむ一方で、停滞による死蔵品が絶えず発生して、経営効率に悪影響を与えているというお話であった。
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実をいうと、T取締役から滋賀県産業支援プラザを通した同様の依頼は1年前にもあったが、同社社内方針の変更で直前に取りやめになった経緯がある。
社長方針により、外部の人間に頼らず自分たちで、発注方法の合理化や在庫金額の削減に挑戦するというのがその理由であった。
初回の顔合わせの時、T取締役から今の困りごとを伺ったあと、私はいくつかの質問をし、一般論として次のようなアドバイスを行っていた。
≪アドバイス1≫
○担当者任せの納期設定になっている
・・発注量が少量であるため、相手側に気を遣いまた力関係を考慮して、相手側からの調達リードタイム(L/T)をそのまま受け入れている。
また、一回の納入ロット数も、相手側に合わせている。
さらに、今後もこれからも相手側との友好関係を維持したいと考え、調達(L/T)短縮の要請が出来ていない。
≪アドバイス2≫
○担当者任せの発注時期になっている
・・発注者は納期遅れを心配し、生産現場に投入するタイミングよりも早めに発注している。
さらに、相手側が指定納期に遅れても、投入するタイミングまでには時間的に余裕があるため、督促できていない。
以上のようなことから、先ず、発注担当者へのヒアリングを実施し業務内容の棚卸を行い、これに改善を加えていくことを提案していた。
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それから約1年後、先に述べたように再度、支援依頼がT取締役よりとどいた。

夜間研修(セミナー)を終えて

≪初めての夜間研修(セミナー)≫
 
 2月の中旬から始まった6回連続の夜間研修(セミナー)を、先月末に終えた。
これは、草津商工会議所・事業課、I課長様からのご依頼によるものだった。
18:30~21:00までの夜間のセミナーは、私も初めての経験だった。
参加者は毎週水曜日、普段の仕事を終えた後に草津商工会議所まで移動し、2時間半勉強される。
皆さんの、新たな領域にチャレンジして自分を高めたいという情熱には、小生もついつい熱がはいった。
 
 一番若いA君(20歳台前半?)は、毎回一番早く研修室に入ってきた。
それも、開始30分前には着席していた。
私は、セミナー開始前の僅かな時間に、参加者と談笑するのを心がけている。
例えば、前回のセミナーで学んだことで、実践したものは何か?
何が難しかったか?
上司はそれに対し、どのようなアドバイスをくれたか?
新たに発生した困りごとは何か?
私に手伝えることは、どんなことがあるか?・・・等々。
 
 また、一番年配のBさん(60歳以上)は、セミナーで習ったことを更に自分のものにするために、翌日図書館で勉強されている。
そして、深いレベルにまで落とし込んだ質問を準備されている。
このような方々に接していると、何とかして彼らのお役に立てたら、また、彼らの会社や職場での仕事に役立てたらと、思いを強くする。
 
 先の草津商工会議所のI課長様からは、新たなセミナーの企画を依頼され、先日、その骨子を提出した。
今後ともこの仕事を通じて、世の中に、本当に役立つことを提供していく。
                                       深謝・深謝

T社のコンサルティングを終えて

≪T社の指導を終えて≫
 
 先月末で15ヶ月間に亘ったT社の指導を終えた。
T社との出会いは、昨年の夏、N商工会議所の依頼で行った私のセミナーである。
このセミナーにT社のF社長が出席されていた。
最前列に陣取り、怖い顔で私を凝視されていた。
幾つか質問もされたので覚えていた。
この出会いがきっかけで、その後、T社のお手伝いをすることになった。
 
 T社の事業内容は、住宅用玄関ドアーの生産がメインである。
15名の人員で残業をやりながら、約60枚のドアーを日々生産している。
ドアーは、縦横の長さの変化、小窓やがらりの有無、電子施錠の有無、片開き・両開き等、パターン化すると30を超える。
これらを、
1.アルミ形材の切断、加工
2.力骨の組み立て
3.ハニカム切断、組み立て
4.パネル切断、シャーリング
5.接着剤塗布
6.プレス
7.CNC加工
8.エッヂ組み立て
9.検査、梱包
という流れで、製造していく。
 
 話を指導内容に戻す。
T社の指導は、製造部長と経験豊富なNさん(男性)を中心に進めた。
 
 T社にはF社長の強烈な思いを込めた方針がある。
それは、
『日本に冠たる企業』を目指す
冠たるとは、オンリー1になること、エリアNo.1になることを言う。
この方針を達成するために、F社長から社内の各部門に指示が出された。
製造部門に対しては、紙面も最も多く、以下のような内容であった。
≪概要≫
 1.製造力の向上・・・生産性143%UP (日産35枚から50枚へUP)
 2.技術力の向上・・・作業者の力量を上げる
 3.インフラの整備・・・スペースの増設、機械能力のUP
 4.納期の短縮・・・生産計画を守る、適正在庫の見直し
 5.品質力の向上・・・自社工場および協力工場の品質を向上させる
 6.コスト力の向上・・・他の追随を許さないコストの実現
これらの要求事項をうけ、私は自分の役割を以下のように認識し、F社長に承認をいただいた。
 
≪取り組み内容≫
 『製造力の向上による利益獲得』
 とし、これを三つの戦略へと展開した。
 Ⅰ 生産性向上とコスト削減による利益の獲得
 Ⅱ モノづくり現場の管理力向上
 Ⅲ 従業員のレベルアップ
 これらⅠ~Ⅲの戦略を、さらに具体的な活動項目へ落とし込んだ。
 Ⅰ について
  (1)モノづくり現場の“モノ”の流れや“人”の動きをスムースにする
    ⇒「工程改善」に着手 (『3S+3T』の導入)
  (2)作業のムダを排除する
    ⇒「作業改善」に着手 (IE:『時間分析法』の導入)
 Ⅱ について
  (1)“勘と経験”から“数値化”する仕組みづくりを構築する
  (2)作業者の「実績時間管理」・・・非作業の内容を把握する
  (3)「月別生産実績」の把握
  (4)「現場長の心得(8ヶ条)」
  (5)コンサルタントの知識経験を伝える・・・「理論と実践」
 Ⅲ について
  (1)作業者自らが“考え・気づく”習慣をつくる
    15名全員の作業をVTR撮影し、作業改善をすすめた
  (2)VTRを見ながら作業者を指導(気づいてもらう)
 
 15ヶ月間に及ぶ詳細な活動内容は、守秘義務もあり割愛するが、ドアーの生産実績枚数についてのみ記述すると、
(目標) 35枚/日 ⇒ 50枚/日 143% UP
(実績) 35枚/日 ⇒ 61枚/日 174% UP となった
これは、工場の建設や新規設備の導入もさることながら、従業員の皆さんが自工程でのモノの流れや、自分たちの動線を改善したこと。
さらには、自分たちの作業を大きく改善したことも影響している。
 
 実を言うと、今回の取り組みで、“他の追随を許さない原価力の構築”まで手を出したかったが、出来なかった。
生産性が大幅に向上したことにより、製造原価内の直接労務費に関しては、その分引き下げられたハズ。
 しかし、材料費の削減には着手できなかった。
T社は、親会社より材料を支給されているため、材料費の削減に関する意識が薄いように感じていた。
支給材料は定尺物であるため、端材がのこる。
ここにも大きな原価削減の余地がある。
端材から小窓やがらりの部材が採取できる場合が多々ある。
生産量が増加すればするほど、ここには“お金が落ちている”ことになる。
 
 「日本に冠たる企業」を目指す時、長期的な視点と同時に足元も見ていかねばならない。
親会社の絶大な信用やF社長の強いリーダーシップで、今後、売り上げは増加するだろう。
 しかし、足元を見たとき、指導期間中に退職された、製造部長に代わるリーダーの育成が急務である。
今回指導したNさんが新工場長に昇格したが、彼の情熱や謙虚さは認めるも、その管理能力やリーダーシップは未知数である。
製造部長の退職が見えていたため、新工場長には指導期間中厳しい要求をしてきたし、私の持っているものを伝えてきたが、彼が成長するにはもう少し時間が必要だ。
どうか、新工場長を全員でささえ、「日本に冠たる企業」を目指していただきたい。
機会があれば、再度、貴社のお手伝いをさせていただきたいと思っております。
 
ありがとうございました。
おかげさまで、私もたくさん勉強することができました。
皆様の健康と、貴社のますますの発展を祈っております。

工場見学

≪工場見学≫
 
 私はいま、(公益社団法人)大阪府工業協会・・(以下、大阪府工業協会と記す)・・が主催する、「新技術研究会」や「ものづくり経営研究会」に参加している。
これらの研究会は、日本の様々なものづくり分野で先行している企業を見学し、同時にその企業独自の取り組み内容も学び、可能な部分を自社に移植し、経営改善に役立てることを目的としている。
 
具体的には
  (1)お客様の満足とニーズを第一に考え、ものづくりをしている企業
  (2)独自の生産システムを確立し、その業界では短いリードタイムを実現した企業
  (3)安心・安全を第一に設備導入を進めている企業
  (4)段取り替え時間の短縮をはじめ、調達から製造までのリードタイムを短縮した企業
  (5)どんな些細なことでも、改善を進める企業
等々、様々な活動を展開し、それらからもたらされる経営成果を企業利益に結び付けている企業が主体である。
毎月、平均2社の工場を見学させていただいている。
 
 そのような中、先月の29日、G株式会社M工場の見学をさせていただいた。
このM工場は、G社のアパレル事業の中核をなす、従業員数約280名程の工場である。
実を言うと、今年の1月から3月までの間、全従業員を対象にしたセミナーの依頼を受け、計5回(各回5時間)をシリーズで実施していた。
参加人数が多いため、M市の公共施設を借りてのセミナーとなった。
参加者は、外国籍の作業者を含め8割以上を女性が占めた。
 
全5回のセミナーの概略は、
  (1)モノづくり現場に潜む“ムリ”・“ムラ”・“ムダ”の発見。
  (2)発見した“ムリ”・“ムラ”・“ムダ”の排除の仕方。
  (3)排除した作業を作業標準書へ展開。
  (4)改善後の作業への標準工数設定。
  (5)減価表への落とし込みや簡単なレート設定の方法。
基本は、私が大阪府工業協会で実施しているセミナーを要約した形で、一般の作業者にも大変わかりやすくしたものである。
セミナー開催の途中、M工場のモノづくり現場(数か所)を事前に診断し、現場の方々に着眼点やあるべき姿を示して改善していただいた。
ある現場では、2.5日分の現場在庫が削減でき、作業者数も8名から6名へと削減し、生産実績もUPするという成果を、この短い期間で見せてくれた。
 
 この様な経験があったため、G社M工場の見学は凄く楽しみにしていた。
M工場で直接お世話になった方々も数名いらっしゃるが、彼らには何も連絡せずに工場を訪れた。
 しかし、彼らは私の訪問を知っていた。
K総務課長が参加者名簿から気づき、事前に連絡があったとのこと。
見学の途中、工程の所々で個人的に挨拶をしていただいた。
凄く嬉しかった。
中でもH課のU課長は、見学中の私の腕を引っ張り、見学の一団とは離れて改善の進んだ自工程に連れて行き、その取組成果を説明してくれた。
この工程は、セミナーの期間中に現場サイドから依頼があり、改善のモデルとして取り上げた場所。
そこはさらに現場在庫も減少し、工程間のモノや人の移動距離も短縮された、新しいレイアウトへと変貌していた。
「作業者数がさらに少なくなっていますね」と尋ねると、他工程へ応援にやっているとのこと。
最近、G社社長が見学された際、おほめの言葉をいただいたとのこと。
U課長も嬉しそうに話してくれたが、こちらも嬉しくなった。
 
 見学を終えた翌日、M工場の工場長にお礼の手紙を書いた。
その中で私は、以下のような文章も付け加えた。
「もし私が貴工場の診断・指導を依頼されたら、まず、『ムダな生産スペースの削減』に取り組みます」
「広い生産スペースは、照明、冷暖房はもとより、モノや人の移動でも大きな“ムダ”を産みます」
「そして、その空いたスペースに、二次加工業者に入って貰います」
「そうすることで、二次加工先への運送費や梱包費、管理費が削減できます」
「さらに、直接に作業指導ができ、何より、生産リードタイムが短縮できます」・・・と。
 
  翌々日、M工場の工場長からメールが届いた。
内容を要約すると、私が手紙に書いた内容を優先順位No.1で実施しているとのこと。
そして、手紙をみて今の取組が間違っていないと確信したこと。
さらに、手紙に書かれるようでは、まだまだ取組が甘いということ。
もっとスピードを上げて取り組むということ。
 
思うところが同じで、やりたいことが同じ。
そして、目指す方向性が同じ。
凄く嬉しいメールをいただいた。 感謝・感謝
 
工場長、M工場の皆さん、滋賀県の草津から応援していますよ。
頑張って、『日本で最強のアパレルモノづくり工場』を目指してください。

祖母の法要(七回忌)

≪祖母の法要≫
 
 敬老の日(16日)を含めた3連休(14日~16日)に帰省した。
祖母の“七回忌”の法要に。
父からは事前に、「法要は、家族や近い親戚、内輪だけでささやかに行う」と連絡がきていた。
 
 今回は、妹や姪の家族と伊丹空港で待ち合わせをし、揃っての帰省となった。
久しぶりに会うが、皆が元気で何より。
自然と顔がほころぶ。
飛行機の待ち時間も話が尽きない。
搭乗案内とともに、やがて機中の人に。
福岡空港で乗り継ぎ、対馬空港に無事到着。
ここからはレンタカーで、一路、両親の待つ実家へ。
 
 翌15日(日曜日)は、法要当日。
会場は、実家の和室二部屋。
11時の開始前には、お客様も全員参列していただいた。
女性陣5名を含む総勢15名。 皆さん懐かしい顔ぶれの人ばかり。(平均年齢が高い)
 
 やがて和尚様が挨拶をされ、静かに読経が始まった。
毎度のことだが、この間の正座が私には苦痛で仕方がない。
そして、誠に不勉強ながら、お経の言葉も聞き取れないし、当然意味も不明。
故人や故人を偲び参列していただいた皆様には誠に申し訳ないが、私はこれを“儀式”として理解することで、この間の苦痛を我慢しているのが本音である。
それでも、両足に“痺れ”が容赦なく襲ってくる。
 
 “自分との戦いに勝利”してやっと解き放たれ、会食へ。 (勝利はしたが、なかなか立てなかった)
お料理やアルコールが、皆さんの会話を加速させてくれる。
やがて、いくつかの小さなグループができる。
お互いの近況を報告しあう・・・健康、配偶者、子や孫のこと。
そして故人の思い出話に・・・
あるグループは数十年をタイムスリップして、若かりし頃の思い出話に花が咲く。
アルコールの量が、それぞれのノスタルジアをより濃く塗りこめる。
皆が語り合う、実に楽しそうである。
 
 私は、年配者の話を聞くのが楽しみである。
私を自分の横に呼び寄せ、グラス片手に、時にはつばきを飛ばしながら“教育的指導”が始まる。
私は実家を離れ、年老いた両親を二人っきりで生活させている。
その私をみて、長男坊として“家”・“孝行”に対する考え方、行動の仕方を、彼らの経験や知識をもとに話してくれる。
高齢の両親に頼りっぱなしの私としては耳が痛いが、全ては私を、そして両親を思ってのこと。
本当にありがたく思う。
 
 七回忌のような“仏事”は、故人を偲びながら一方で、互いの健康を案じ、親族の絆を深めることはもちろん、年配者が若年者を育てる目的も併せ持っている。
改まって指導するだけではなく、少しだけアルコールの力を借りての指導も、聞く側にとってはズンと腹の底に落ちてくる。
 
 やがて楽しかった会食も終わりに近づき、遠方の方は帰られていく。
「気をつけて帰ってください、お元気で」。
「次の十三回忌にもまたおこしください、それまでお元気で」。
 
皆さんの健康を念じながら、お客様をお一人おひとりお見送りした。

『母の日』・・・今年もプレセントが出来た(良かった)

≪母の日≫
 
 今年もその日がやってきた。
そう、“母の日”である。
いつから“母の日”に贈り物を始めたのか、記憶にない。
きっと、結婚してからだと思う。
義母と実母は同じ歳、誕生日も一日違い。
毎年、同じものを妻と相談して贈ってきた。(実際は、妻が提案してくるのだが)
 
 しかし、今年は違った。
4月末、田舎の実父に連絡したついでに、「母へのプレゼントは何がいいかな?」と相談したら、「お前に買ってほしいものがあると言っていたよ」と笑っていた。
母に直接聞いてみると、なんと「釣竿」がほしいという。
 
 私の田舎は、長崎県の北部に位置する離島(対馬)。
その北西部に位置する、戸数20戸足らずの半農・半漁の小さな村である。
ご多分に洩れず、住民の多くが高齢者。
母も今年8月で78歳になる。
母の趣味は、釣りとゲートボール。
釣りは磯からではなく、足場が安定している防波堤からだが、時たま小舟にも乗せてもらっているようだ。
 
今回の要望は、先にも書いたが「釣竿」。
それも長さは、5.5メートル、そして、軽量。
さらに、竿先には硬度が欲しいという。
持ち手の部分は、小さな手のひらでも握りやすい細身のほうがいいという。
握り部が太いと、大きめの魚が釣れた時、相手の抵抗に握力がついていかないらしい。
 
母の釣果のおかげで、毎年、何度も「クール宅急便」が我が家に届く。
これはありがたいが、無理もしてほしくない。
かといって、好きな趣味を「危険」という理由で取り上げたくもない。
母はこの時期、毎朝4時に起きて防波堤までバイクで出かける。
そして、日の出とともに帰宅する。
バイクの後部には、ポリバケツと中に釣りあげた魚がいっぱい。
防波堤からの釣りだから、「鯵」などの小物がメインだが、たまに、一人では手に負えないような大物も、手伝ってもらって釣りあげるらしい。
何度か我が家の食卓にも上っている。
殆どは、父と母が食する分を料理し、残りはご近所へという構図らしい。
 
 今年は、“母の日”の直前に、両親が我が家に滞在していたので、釣具店に連れて行き自分で選ばせた。
最初は、安価な釣竿を物色していたが、私が店員さんと一緒に探した少し高価な釣竿を示すと、遠慮がちにも「それがいい」と言って喜んでいた。
私が「もう次の釣竿は無いから、高価な竿をプレゼントするよ」と言ったら、笑っていた。
 
 今年のお盆も帰省するが、母と釣りに行くのが今から楽しみである。
年々、足腰が弱くなっているのが目につく。
そんな母に、妻は、サプリメントや暖かい下着、ダウンジャケット等を贈ってくれている。
今年の夏はまだ、どちらが多く釣ったか、競争できそうである。
 
いつまでも、大きな笑い声と笑顔を見せてほしいと願わずにはいられない。
 

『72戦0勝72敗』・・・勝率0%

≪懐かしい思い出≫
 
 事務所の片隅に、クルクル巻かれ、輪ゴムで止められた地図が立てかけられている。
今は、めったに開いて見ることも無くなった地図である。
この地図は、滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県のほぼ全域を表している。
各地域の地図を購入し、重なる県境部分を切り取って貼り合わせ、一枚の大きな地図にしたものだ。
 
 私は、2007年4月から、大津市にあるコラボしが21の4階、「創業準備オフィス」に入居させていただいた。
6ヶ月間の入居期間中、私は創業に向け事業内容のパンフレットを作成しながら、滋賀県内にある7ヶ所の商工会議所等を訪問し、営業活動を展開していた。
県内7ヶ所の商工会議所には、その年のうちに3回訪問した。
同時に、大津市の創業準備オフィスを中心にして、車で移動できる半径1時間のエリアをこの地図に書き込んだ。
高速道路が利用できるところと、そうでないところがあるため、そのエリアは“円”にはならなかった。
 
 私は、このエリア内に存在する資本金1,000万円以上の製造業72社をピックアップし、地図上に青色の丸い小さなシールを貼った。
(もちろん、大企業、中堅企業は除いた。)
製造業の中でも、私が得意とする組み立て業や機械加工業を中心に選んだ。
 
 ここから私の営業活動が始まった。
私は、効率的な移動距離と時間を考え、一日に数社づつ、アポイントも無しで訪問を開始した。
最初、電話で事前にアポイントを取り訪問していたが、殆どの場合、電話口で訪問を断られた。
実績も名声も、何にも無いのだから当然である。
 しかし、電話口で断られると、資料を見て頂くことも出来ないことに気付いた。
突然の訪問でも、上手くいけば責任のある方々に会っていただくことが出来る。
また、上手くいかなくても、資料は置いてくることが出来ると考えた。
私は、以後、ノーアポを敢行した。
 
 訪問した企業は、地図上の青色シールの横に黄色のシールを、少し重ねて貼った。
訪問した中で遠い会社は、東方では長浜市のA社、西方では伊丹市のB社、京都北部のC社、南部では京田辺市のD社と、結構広いエリアになった。
 
 結果は、『72戦0勝72敗』・・・勝率0%という、表題の通りである。
守衛の方がいる会社では、ここより中に入ることは出来なかった。
資料は受け取って頂いたが、責任者の方々の目に留まったかどうかは、はなはだ疑問である。
直接、社長や専務と言う肩書きの方々と、お話しできたことも数回あった。
 しかし、そこで終わりである。
最も、私の方も同じ会社を再訪問していない。
 
 しかし、この敗北を重ね続けた数ヶ月間は、今では良い思い出である。
何処に、どのような工業団地があるのか、実際にこの目で確認できた。
会社によっては、私のような人間に対する対応の仕方に差があることもわかった。
何より、敗北を重ねながらもすべてを訪問したという結果は、私に残った財産である。
 
 先日、この地図を開いて見た。
当時を思い出し、思わず笑いがこみあげてくる。
今でも、平均月1回のアポなし訪問を続けている。
もちろん成功するなんて思っていない。
今も敗北の連続である。
 しかし、このアポなし訪問の失敗のお陰で、年間契約を結んで頂いているお客様や、短期でもお仕事をくださるお客様のありがたさを、都度、実感できている。
この気持ちをいつまでも持ち続けるために、今後もアポなし訪問は続けていく。
 

大切な友人

≪私には、大切にしている友人がいる≫
 
 中国・上海市に住む「高原」さんもその一人だ。
彼女は、上海市にある日系の監査法人に勤めている。
女性の年齢を言うと失礼だが、今年35歳の“新米ママ”である。
本人は、「いき遅れた」と言うが、一昨年、同じ大学出身ご主人と結婚。
新婚旅行で日本を訪れた際、わざわざ私を訪ねてくれた。
 
 振り返ると、彼女との出会いは2008年12月の寒い寒いころ。
私が、上海市にある日系監査法人(M社)に仕事の依頼を受け、そこで約6ヶ月間、仕事をしたのが始まり。
彼女はM社の社員で、約5ヶ月間、私の通訳兼アシスタントをしてくれた。
彼女の日本語は、とても流暢である。
日本語の漢字も、驚くほどよく知っている。
彼女は、京都大学・大学院を卒業後、日本の一流建機メーカで5年間勤務している。
その時の仕事は、生産技術的な内容が主体で、ここでの経験が今の彼女のベースになっている。
彼女とは、考え方の発想が似ていて、私の仕事の進め方をよく理解してくれ大変やりやすかった。
日本で私が社員を採用する時、こんな人を採用すれば仕事が楽になると思った。
(めったにいないと思うが。)
 
 先月末、私はお客様の要請で、混山市にある同社工場のモノづくりを改善するために、同市を訪れた。
 出発の数日前、私は「高原」さんに、お土産に何が欲しいかメールした。
メールで、重いものはダメ、軽いものにしてくれと頼んだ。
というのは、以前の彼女は、私が訪中する時いつも“液体洗剤”を土産に要求した。
それも、すぐ無くならないように、大容量のヤツ。
過去私は、重い“液体洗剤”の運び屋をしていたことがある。
 
 彼女からの返信は、『赤ちゃんのかわいい帽子がいい』。
『それも涼しそうなのがいい』という返信。
・・・母親になったなと感じる。
 
 私は、子供服を売っているお店探しから始めた。
今まで、そういうお店とは全く無縁。
お店に出掛け、そこで“赤い帽子”と“薄いピンクのパジャマ”を買い求めた。
どちらも、キティちゃんの絵がついたヤツ。
私には子供がいないので、何しろ初めての経験。
選ぶのが難しかった。
だがこれを渡し、彼女が包みを開くときの顔が目に浮かぶ。
きっと喜んでくれるだろう。
 
 混山市でのお客様の仕事が終わり、以前仕事をさせていただいた彼女の職場へ行く。
約束の時間はAM10:30だが、以外に早く着いた。
時間調整の為、1Fのロビーで時間をつぶす。
彼女の仕事場は、40階建て高層ビルの25階だ。
約束の5分前にエレベータで25Fへ。
受付で案内をお願いする。
受付の女性は、二人とも初めて見る顔。
あれから3年経過している、当然か。
 
 小さな会議室で待っていると、やがて彼女が総経理のSさんと入室してきた。
彼女は、Sさんにアポイントを取ってくれていたのだ。
3年前、Sさんとは毎朝よく話をした。
Sさんは、私が帰国する時送別会も開いてくれた。
当時の思い出話にはながさく。
お互いの近況報告、中国・周辺諸国・上海市の情報、今後の共同仕事内容等を話し、Sさんは退室。
 彼女にお土産を渡し、再開を喜ぶ。
彼女は包みを解き、大きな声(以前から)で何度も『かわいい、ありがとう』を言ってくれる。
こんなに喜んでもらえて本当に嬉しい。
お昼を一緒に食べることで、いったん別れた。
 
 昼食は台湾料理。
昔話が尽きない。
こんなことがあった。
私が風邪で寝込んだ時、彼女は“お粥”と“卵焼き”つくって、私の住んでいたマンションへお見舞いに来てくれた。
初めて“卵焼き”をつくったと言っていた。
(エッ、つくったことないの?)・・・これには触れず。
これらがまだ温かく、料理の後、彼女がタクシーを飛ばしてきてくれたことは、容易に想像がついた。
異国の地でふれる優しさに、言葉が無かった。
 M社での仕事を終えた最終日、朝礼で皆さんに挨拶するように言われた。
その話の中で、今回のプロジェクトは、彼女がいなかったら成功しなかった。
このような女性を通訳として私に与えてくれたM社と皆さんに感謝します。
このころには私はもう涙声になっていた。
朝礼の後で「高原」さんが、私の前に並んで話を聞いていた多くの女性も泣いていたと話してくれた。
 
 思いで話も尽きないが、やがて浦東空港へ行く時間が来た。
やがて空港へ到着。
手続きを済ませ、大きな建物を見ながら機内へ。
短い日程の出張だったが、時間以上に内容の濃いものになった。
ありがとう「高原」さん。
 
          謝謝   中国にいる永遠のパートナーへ

K先輩が来てくれた

≪K先輩の突然の訪問≫
 
 客先での打ち合わせ中に、胸ポケットの携帯電話がふるえた。
打ち合わせ後、駐車場で携帯電話を確認すると、久く会っていないK先輩からだ

連絡を入れると、今日、私の会社に来たいと言う。
その時、私は会社から車で約1時間離れた場所にいたので、帰社する時間を伝え、帰路についた。
 
 K先輩は、いまベトナム(ホーチミン市)にいるはずでは?
帰国したとしたら、何時ごろ?
色々なことを考えながら、車は高速道路を降り、やがて会社へ着いた。
約束の時間より、30分くらい早い。
車を降り、事務所に入るなり先輩から、「あと5分で着く」と電話が。
事務所の外に出て待っていると、見覚えのある車が・・・(まだこの車に乗っているのか)。
 
 車から降りた先輩はすごく元気そうだ。
日焼けしたのか、顔が黒い。以前より、お腹も出てる。(人のことは言えないが)
人懐っこい笑顔で、「突然すまんな~」。
口ではすまないと言いながらも、顔は笑っている。
この先輩とは、以前務めていたP社からのお付き合い。
同じ九州出身で、よく飲みにも行った。(いつも私が幹事)
とにかく、うまがあう。
 
 エレベータに乗り、事務所へ案内する。
 お元気そうですね、先輩。
「ベトナムの土産を持ってきた」。
コーヒーですか?
「コーヒーは無くなるから、無くならないものにした」。
ビニール袋を受け取ると、少し重くて硬い。
包装紙を解いていくと、中から出てきたのは、“アオザイ”を身にまとった4体の人形。
黄色、赤、緑、桃色の4色。顔がカワイイ。
右手を肩まで上げたポーズをとり、頭には小さめのとがった傘をかぶっている。
この先輩、身長も高く、デカくて、柔道三段の猛者。
以前、京都のスナックで比べたが、私の親指が先輩の小指位。
先輩のイメージから、人形は全く想像できない。
 しかし、こういうところが、この先輩がみんなに好かれるところだと思う。
かく言う私も、先輩のファンである。
 
 人形を事務所の本棚に飾り、少し離れて眺めてみる。
本棚が賑やかになった。
 この時、私の脳裏に閃いたことがある。
昨年の夏のこと、この先輩から電話があった。
「お前の時間が空いているときに、俺の工場を診断してくれ、そして、アドバイスをくれ」。
「美味しい昼飯をおごるからな」。
 
 ある夏の暑い日、私は電車で片道1.5時間かけて先輩の務める南大阪の工場へ出かけた。
一通り、工場をみせていただき、私は先輩に気がついたことを報告した。
すると彼は、「もうひとつの工場もみてくれ」と。
えっ、この暑い中を?
車で約20分の距離にあった工場、そこも診断を終えアドバイスをした。
そして、昼もとっくに過ぎたころ約束の昼食。
期待した豪華な昼食と思いしや・・・“冷やし中華”のみ。
えっ、これだけ?、電車も自腹で来たのに?
「次はもっと豪華にするから」・・と先輩。
思うに、これに“餃子”が付くくらいか?
勝手に期待した自分が甘かった。
 
 今回のベトナム土産に対する要求は何?
ホーチミン市まで来て、現地の工場を診断しろというのか?
 
ベトナムでの武勇伝を聞きながら、一方で忙しいと予防線を張っていたが、先輩からは何の依頼も無かった。
ラッキー。
 しかし、来週の初め、この先輩と同じ会社の人がわが社を訪問したいと言ってきた。
狙いは何?ホーチミン?工場診断?国内工場?
先輩、お願いです・・・せめて交通費はください。

【写真は、頂いたお土産の人形】
 

~11月度実施のセミナー『(仮称:企業の生産性向上に欠かせないIE活用術』~

 
~『生産性向上に欠かせないIE活用術』~
 
 11月上旬に、社団法人 大阪府工業協会様の御厚意で、2日間連続のセミナーを実施させていただくことになった。
(詳細は、当HPのセミナー案内を見て頂きたい。)
このテーマは、私が是非実施したかった内容である。
ここにその思いの一端を述べてみたい。
 
 産業の飛躍的な発展を支えてきたものの一つに管理技術が有り、日本でも戦後から2000年頃まで、企業の近代化に大きく寄与してきた。
その結果、特に日本の製造業はモノづくりで世界を席巻し、“ジャパン・アズNO.1”と言われるまでに成長した。
この管理技術の基礎であり、尚且つ生産性の向上或いはコスト削減の基本になっているのが“IE:インダストリアル・エンジニアリング”である。
 
IEは、経営管理の考え方や実践手法として、研究・確立されてきた。
そして、その考え方は製造業ばかりでなく、官庁も含めたサービス業や病院等でも用いられてきた。
 
 しかし、20世紀末から産業構造が大きく変わり、ボーダレス化が当たり前となった今、日本の企業は世界各地に工場を持ち、地産地消を目指して活動するようになった。
その際、多様な文化や異なった言語の世界で、有効なマネージメントを実践するために、共通の考え方や管理基準が必要になった。
 
 今年の7月、幸運にもインドネシアに進出している日系企業6社を見学する機会を得た。
いづれも製造業であるが、モノの造り方は各社とも異なっていた。
フリー・フロのコンベアで大量に流れ生産をしている企業もあれば、セル生産を採用している企業もあった。
当然それぞれに管理方法は異なり、各企業が長年培ってきた管理技術が随所に見受けられた。
 
 しかし、見学を終え共通して感じたことがある。
それは、
(1)資源を保有し、労務費が格段に安い環境下で、同じモノを造る競争では、何れ新興国に飲み込まれてしまう。
(2)生産技術や管理技法、改善手法の均質化が進み、新興国との競争環境になってきている。
(3)だが、これらの管理技法や改善手法の使い方を見た時、その用いられ方は断片的であり系統だっていない。
また、手法の誤った理解や実践も散見された。
 
つまり、かつて日本が導入し確立してきた当時の状況(プロセス・イノベーション)には程遠い状況と思われる。
(それでも、新興国のモノづくり初期段階では、十分効果はでている。)
従って、改善によって本来得られる効果も少ないものになっていると思われる。
彼らがこのことに気が付き、これら管理技法や改善手法を自分たちのものに出来るまでには、今少し時間がかかる。
 
一方日本でも、長年経営管理の基礎とされてきたIEを研究・発展させてきた世代が退職し、これらの伝承が危惧されている。
また、IEに関する参考文献やセミナ等も減少している。
このような意味合いからも、再度IEの考え方を理解し、手法の基本を身につけ、自分たちの職場で活用し発展させていただきたい。
そして、新たに各企業独自の管理技術・スタイルを構築してほしい。
その為に、是非、このセミナを活用していただきたい。

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