▼ 友人が教えてくれた!
▼ 『豚肉の生姜焼きパーティー』
可愛い友人
私の友人にKさん(仮名)がいる。
彼女は小柄で普段は大人しいが、しっかりとした自分の意見の持ち主。
私の友人の会社で仕事をしている。
彼女と知り合ってから、もう2年が過ぎた。
私の友人に、ホームページの作成をお願いしたとき、彼女が担当になってくれたのがきっかけだ。
私のホームページは、すべて彼女がつくってくれた。
以来、今日まで少しづつ変化を遂げている。
私が気付かない時もあるが、彼女がコツコツとより完成度を高めてくれているからだ。
最初にホームページが完成したとき、お礼の意味を込めて彼女に表題の『豚肉の生姜焼き』を御馳走した。
以来、毎月1回、昼食にこの『豚肉の生姜焼きパーティー』を2人で楽しんでいる。
このパーティーは、私が日本にいない時を除いて、毎月実施している。
今月も、そろそろ彼女に連絡をいれるころだ。
きっと、待っていてくれると思う。
▼ 今日は妻の誕生日
数日前の夕食後、妻に話をしたら彼女は忘れていた。
(この年齢になると、あまり思い出したくないのか・・・)
「何か欲しいものある?」 と尋ねると、「何もない」と言う返事。
私の誕生日(3月)に何もしてあげてないから、自分も要らないと言う。
しかし、少し間をおいて「顔のシワをのばす石鹸が欲しい」と。
TVで同じ石鹸を使っていたモデルが、使用後は10歳も15歳も若く見えたと言っていた。
モデルと自分を重ねて見るところが何とも・・・。
「何処に行けば買えるの?」ときくと、「通販で買える」と言う返事。
彼女は、化粧品等も通販で購入しているようだ。
時々、小さな箱が宅急便で届く。
きっと、あの小箱の中身が化粧品なのだろう。
そうか、彼女は“シワ”を気にしていたのだ。
この時、初めて気がついた。
彼女は、日頃ほとんど化粧をしない。
光輝くアクセサリーの類とも無縁だ。
だから何かプレゼントをしてあげたいのに、それが石鹸とは。
でも、それで彼女が満足するなら何個でも買ってやる。
10歳と言わず20歳でも若返ってほしい。
そして、心も身体もいつまでも健康でいてほしい。
昨年の秋ごろから、右肩の痛みを訴えるようになった。
2つの病院に行ったが、原因はわからないという。
私に出来ることは、彼女の痛みの具合を聞いて、その部分をマッサージするぐらい。
だが、私のマッサージには結構期待しているようだ。
そんな中で迎えた今回の誕生日。
今日も妻にいいことがありますように・・・。
▼ 自身の誕生日をむかえて
3月21日 今日は、私の誕生日だ。
昨年、会社を依願退職し、今の会社を立ち上げた。
長年の“夢”に向かって船出をした。
目標は明確であり、準備期間も十分にあった。
何より、妻が理解して協力してくれていることが嬉しい。
会社生活のときと同様に、毎朝私の弁当をつくってくれる。
我が家のリスク管理のつもりか、彼女の働く日数が増えた。
無言の協力に感謝せずにはいられない。
彼女の不安は、いかばかりか。
想像するに余りある。
本当にありがたい。
そんな中で、今日、誕生日をむかえることが出来た。
誕生日とは、“おめでとう”を言ってもらう日ではないと思っている。
誕生日とは、プレゼントを貰える日でもない。
誕生日とは、“ありがとう”を自分から伝える日だと思っている。
まず、妻に“ありがとう”と言いたい。
それから両親にも。
数十年前の今日は、母親が一番頑張ってくれた日だ。
そして、父親が初めて抱きしめてくれた日だ。
誕生日は、私だけのものではなく、妻にとっても両親にとっても特別な日。
今朝、妻には“ありがとう”と言った。
そして、九州に住む両親にも電話で“ありがとう”の気持ちを伝えた。
また、起業後間もない私は、多くの人たちのお世話になっている。
とても言葉では語り尽せないほどに。
この場をかりて、皆さんにお礼を言いたい。
皆さん、本当に本当に“ありがとう”。
そして、こんな私ですが、これからも宜しくお願いします。
▼ 30㎞ ウォーキング
新たな挑戦
11月17日(土) AM5:15 起床。
昨夜来の雨も止んで快晴だ。
ヤダナー。ヤダヤダ。
今日だけは土砂降りの雨になって欲しかった。
何故かって? ムムム・・・ムムム・・・
今日は30㎞ウォーキングに参加する日。
本当は歩きたくなかった。
何でこの齢になって30㎞。
何で8時間も歩かなあかんのか?
しんどいし、左膝に古傷もかかえている。
外気温が下がりはじめた最近は、時折痛み出す。
毎年、この繰り返しだ。
この古傷とは、上手につき合っていくしかない。
しかし、不思議なことに、30㎞を歩いてみたいと思う、もう一人の自分もいる。
意を決してベッドからでる。
昨夜のうちに準備は整えていた。
朝食をすませる。
いつもはパン一枚とコーヒー一杯だが、今朝は違う。
さらに大福を一個食べる。(粒餡入り)
家をでて、車で集合場所へ。
AM8:30に到着。
少し早く着いたが、既に2名が来ている。
両名ともやる気満々だ。
私はというと、どうしても古傷が心配になる。
これは社会人になってすぐ、サッカーの試合中に骨折したもの。
今日のウォーキングで、どこまでこの左膝の古傷が耐えられるか試してみる。
AM9:00 総勢9名、さあ、出発。
草津市の下笠町にある中嶋事務所をあとに、琵琶湖岸道路に出て北上する。
AM10:15 第一チェックポイントのコンビニに到着。
約6㎞歩いたことになる。
ここまでは気分爽快だ。
心配していた左膝の具合は大丈夫。
しかし、左右の踵が靴ずれしそうだ。
コンビニでリバテープを購入し、左右の踵に貼った。
他のメンバーにもテープを分けてやった。
彼の踵には、既に“水疱”が出来始めていた。
約10分間の休憩ののち、さあ、出発。
しばらくして、ひょうたんや駒吉店長の中嶋君が横に並んできた。
このあと彼とは、ゴールまで一緒に歩くことになる。
30分位歩いて先頭を行くメンバーをとらえた。
そのまま追い越し、琵琶湖大橋にかかる。
ここまでは、すこぶる快調。
ここで記念撮影。
後ろを振り返るが、まだ誰も追いついてこない。
琵琶湖大橋のピーク部(最高部)で振り返ったが、後方のメンバーがよく見えない。
そのまま橋を渡りきり、第二チェックポイントのコンビニへ。
12時を少し過ぎていた。
ここでトイレタイムと昼食。
昼食は、いなり寿司3個入りのパックとソーセージ1本とお茶。
これをコンビニの駐車場でいただく。
昼食後、左右の足の裏にリバテープを貼って、靴ずれ対策。
左膝をかばうせいか、1時間くらい前から今度は右足首が痛い。
中嶋君が歩き方がおかしい・・と言ってくれた。
気にしていた左膝の古傷よりも、右足首のほうが痛い。
こちらは、黄色の点滅信号状態だ。
いつまでもつか。
靴下を新しいものと取り換える。
約30分の休憩。
遅れて到着してきたメンバーを残して、中嶋君と出発。
スタートから約3時間歩いたが、まだ中間点まで到達していない。
中嶋君といろいろ話しながら歩き続ける。
彼がいなかったら、とっくに歩くのを止めているだろう。
途中、妻がいれてくれたチョコレートをザックから出し、半分を中嶋君へ。
このチョコレートは、私の大好物であるロッテのRummy。
私が高校生のころからある、いきの長い製品だ。
チョコレートの中に、ラムレーズンがたくさん入っている。
冬季限定販売の製品だ。
これが旨いし、元気もでてくる。
中嶋君は、今まで食べたことがないと言っていた。
かわいそう。
中嶋君が、両太ももの裏側が痛いと言っている。
実は、私も同様の場所に痛みがでている。
ここまでくると、あちらこちらと痛みがでてくる。
二人とも冗談が言えなくなっている。
互いに励ましあいながら、歩を進める。
第三チェックポイントが遠い。
気がつくと、一歩の歩幅が狭くなっている。
溝を覆っているコンクリートの蓋が、一歩で越せなくなっている。
明らかにペースが落ちている。
PM2:00を過ぎて第三チェックポイントのコンビニに到着。
ここでトイレを借り、ポカリを買ってすぐに出発。
途中気付いたことだが、数多い信号にかからない。
タイミングよく青色で通過している。
ここからゴールまで残り4.5㎞。
二人の会話は、とりとめのない内容だが、延々と続く。
会話が途切れれば、容赦ない足の痛みに襲われる。
二人ともそれに気づいている。
両足の痛みは、既に赤信号の点滅状態だ。
よくここまで私を運んでくれている。
普段、体のケアーをしていないことに気づかされる。
左右の足の裏には、水泡ができていると思われる。
残り約2㎞、頼むからゴールまでもってくれ。
見覚えのある日本風の屋根が見えてきた。
「ホテル紅葉」、ここまでくればあと少し。
中嶋君を励ます。
彼は、この辺の地理に詳しくない。
やがてゴールの「八景館」が見えてきた。
手前にある二つの橋を渡り切る。
元気がでる。
彼のおかげでここまで来れた。
彼にも自分の体にも、お礼を言いたい。
PM3:02 「八景館」にゴール。
ロビーのソファに座り、靴を脱ぐ。
気持ちいい・・、生き返ったようだ。
両方の靴下を脱いで足裏を見ると、思ったとおり大きな“水疱”が出来ている。
右足裏には、大きな“水疱”が2個、左足裏には、1個。
よく破れずにもってくれた。
30㎞を途中休憩をとりながら7時間で歩いた。
何よりも、左膝の古傷が、このハードなウォーキングに耐えてくれたことが嬉しい。
お風呂に入り、体をゆっくり休めたい。
両足をマッサージしてあげたい。
そう思って、ソファから立ち上がろうとした。
立てない・・・なぜ?
腰が痛くて立てない。
横に座っている中嶋君も立てないでいる。
テーブルに片手を、ソファにもう一方の手をついて体を持ち上げる。
やっと立てた。
が、今度は歩けない。
初めの一歩が踏み出せない。
文字通り、満身創痍だ。
近くのエレベータまで歩くのに一苦労。
中嶋君も孤軍奮闘している。
一度座ってしまうと、次に立ち上がれないのだ。
それがこのとき分かった。
浴場に到着するのにあと何分かかるだろう。
限りなく遠く感じる・・・遠い。
やっとの思いで浴場の脱衣場へ・・・。
ここで大問題が発生。
なんと、着ている服が脱げない。
痛みは足だけでなく、体のあちこちからでている。
最後の下着を脱ぎ終わるまでまた一苦労。
やっとの思いで浴室へ。
シャワーが心地いい。
湯船に入ると、少しぬるめでちょうどいい。
足を揉んでやる。左・右・左・右・・・
よく頑張ってくれた。
他のメンバーを大きくリードしてのゴール。
自分の体に感謝。
中嶋君に感謝。
このウォーキングを企画してくれた、中嶋事務所のメンバーに感謝。
また、我々をサポートしてくれた人たちにも感謝。
今回の体験は、生涯忘れないだろう。
皆さん、ありがとうございました。
「経営者は、まず自分の健康管理から・・」を実感させられた一日でした。
>>エッ! 来年も参加しないかって?。
絶対、絶~対いや。しない。
もう二度としない。
▼ ある社長さんからの質問:その6
ラインの停止(回数や時間)が多くて生産があがらん。
その為に毎日のように残業せんといかん。
何とか残業せんでも良いようにならんやろか?
以下の内容が大切ですので、ご自分でチェックしてみてください。
(1)ライン停止の原因分析ができていますか?
①設備・機械別の故障の頻度、またその停止時間は?
②GAWSEの供給状態は、如何ですか?
特に、週明けや連休明けに問題ないですか?
③作業者の作業ミス、操作ミスは無いですか?
④部品の精度に問題はありませんか?
⑤部品・材料の未納はありませんか?
⑥修理に時間がかかり、現状復帰が遅れていませんか?
⑦修理に必要な部品の在庫は、問題ないですか?
⑧修理を専門の業者に頼りすぎていませんか?
(2)生産計画の影響で、金型切り替えの回数が増加していませんか?
(3)少ない熟練者に頼った、金型の切り替え、修理、メンテナンスになっていませんか?
(4)何よりも、作業者が設備・機械を長時間停止させているという意識をもっていますか?
▼ 祖母の旅立ち
先日、9月18日(火) 昼過ぎ。
携帯電話が鳴った。 妻からだ。
“もしや・・・”と思う。
一呼吸おいて電話にでる。
「祖母が亡くなった。」と、父が知らせてきたという。
先月から覚悟はしていた。
しかし、知らせを受けた時、暫くは放心状態だった。
どれくらい時間が経ったろう。
我に返り、パソコンをOFFし、机の上を片付ける。
帰宅すると、既に妻が荷物の準備を終えていた。
夕方の新幹線で一路博多へ。
途中、妹の家族と待ち合わせる。
久しぶりに会っても、言葉がでない。
夜、22時40分発のフェリーで対馬へ。
翌朝、自宅につき、荷物もそこそこに祖母の元へ。
祖母は部屋の中央に寝かされ、顔には白い布がかけられていた。
静かに部屋に入り、祖母の肩口にひざまずく。
顔にかけられた白い布をそっとめくる。
そこには101歳を生き抜いた祖母がいた。
色が白い。 皺がほとんどない。
髪がきれいに整えられている。
亡くなる2ヶ月前、それまで数年お世話になったケアセンターから、病院へ移ってきた。
最近の1ヶ月間は、ずっと眠り続けていたという。
亡くなる直前には、多くの涙を流したという祖母。
父はその涙をふき続けたと話してくれた。
どんな思いの涙だったのだろう。
また父は何を思ってその涙を拭いたのか。
101歳というのに、すごくきれいな顔をしている。
両手で顔を何度も何度も撫でてみる。
・・・・・・つめたい・・・・・・
この女性が、小さい頃の私を育ててくれた。
小学校低学年時代、彼女のつくってくれたお弁当の“たまご焼き”の味が忘れられない。
“たまご焼き”を食べる時、この時の味が今でも“うまい”、“まずい”の判断基準になっている。
数年前、どうやってたまごを焼いていたのか聞いたが、もう忘れたと言っていた。
今日はお通夜。 明日がお葬式。
あと二日間しか一緒に居られない。
祭壇の写真は、一昨年のお盆に帰省した時、私が撮影したものだ。
二週間ほど前、父からの連絡で、祖母の写真を3枚選びそれぞれを額に入れて送っておいた。
この写真は、そのなかから皆と相談して選び、最後は母が決めたと父が言っていた。
余談だが、この写真は葬儀の参列者に大変好評だった。
昼過ぎから夜の9時頃まで、弔問のお客様があった。
お仕事でお疲れなのに、大変申し訳なく、また大変ありがたく思う。
父と二人で対応するが、私は正座が長く続かない。 痛い。 立てない。
時々、叔父に代わってもらう。
私は小学校の低学年までしか、この地にいなかった。
従って、弔問のお客様もどのような関係なのか、わからない人が多い。
その都度、隣の父に聞く始末。
中には、私の名前を呼んで話しかけてくれる人もいる。
でも、私は存じ上げない。
日頃のご無沙汰を申し訳なく思う。
年1回、お盆だけの里帰りでは当然の結果か。
お客様が帰られてから、手伝いに来てくれているご近所の方々や親戚と夕食をとった。
この方たちも、自分の家の用事は置いて、手伝ってくださる。
お客様をもてなす食事をつくったり、あと片付け、受付、お葬式の手配等、まるで自分のことのように助けてくださる。
私は遠くの土地で暮らし、この方々のお手伝いをしたことがないのに。
こんなにも、他人の為に尽くせるものなのか。
私の知らないところで、父や母がこの方々と密接に交わり、生活している様子がみてとれる。
それにしても、ありがたいことである。
互いに助け合い、また助けてもらう。
自分たちだけでは何もできない。
私もいつかお返しをしなければ。
明日はお葬式。
▼ ご婦人(A子さん:仮名)に感謝
私が仕事をするビルには、数名のクリーンキーパーの方々も仕事をされている。
(大部分の方が女性である)。
彼女たちは、通常の勤務開始時間より1時間30分前にはユニフォームに着替え、各人の持ち場へと移動し、仕事を始める。
やがて、各社の社員が出勤してくる頃には、共用スペース等の掃除や片付けを終え、皆が仕事をしやすい環境を整えてくれる。
A子さん(:仮名)も、彼女たちの中の一人である。
私は、この方の大ファンである。
小柄なA子さんは、私の母親と近い年齢と思われる。
A子さんは、他のメンバーよりもさらに早く出勤されている。
その手には、毎日のように可憐な草花が紙に包まれ握られている。
A子さんは、彼女たちの仕事が始まるまでの時間、花瓶の水を替え、今朝摘んできたばかりの草花を活け、小さな鉢植えの木々に水をやる。
毎朝早起きして、自分の庭で丹精込めて育てた草花をつみ、電車に乗り、私たちのビルまで届けてくれる。
全く知らない他人(我々)のために。
彼女の、他人を思いやるやさしい気持ちが込められた草花は、やがて出勤してくる人たちをそっと迎えてくれる。
このことを、このビルに出社してくる何人の人が知っているだろう。
朝早く出勤する私は、時々草花を活けているA子さんに出会う。
こんな時私は、“いつも可愛い草花をありがとうございます”と挨拶すると、彼女は決まって、“自分の庭のしょうもない花だから”と笑顔でこたえる。
・・・あなたの“他人を思いやるやさしい気持ちが伝わった草花達”はまぶしいですよ・・・
私は、あなたとあなたが活けてくれる草花達の大ファンです。
ありがとうございます。
先週末は、少し色づきはじめた柿の実が3個ついた小枝が飾られていた。
これもA子さん あなたですよね。 ありがとうございます。
▼ 精霊流し
私の出身は、長崎県の離島である。
海辺に面した小さな集落で、小学校の低学年までをここで過ごした。
今日から“お盆”。
私の集落では、いまでもお盆の最終日には“精霊流し”をおこなう。
夕方、涼しくなってから家族全員でご先祖のお墓にもうで、線香やお水を手向けて合掌する。
そのあと浜辺にいき、精霊を流すのである。
小さな帆かけ舟に、故人の好物やお供え物をいっぱい載せて流す。
その家の家長や長男が代表して、静かに小舟を海に浮かべる。
小舟は風に後押しされて、ゆっくり沖を目指して進んでいく。
この小舟に合掌し、涙して見送る人も多い。
今年、私は帰省できなかった。
この行事に参加できないばかりか、毎年この時期に再会を約束している友人達にも会えなかった。
家族に対しても、友人たちに対しても申し訳なく思う。
来年はきっと・・・。
最近は、地球環境保護の観点から、流した小船ともどもその回収を地元の漁師さんにお願いしている。
▼ 日曜日の午後(8月5日)
以前から、今日、洗車をしようと決めていた。
日中の暑さをさけ、午後5時頃から準備を開始した。
道具を持ってガレージに歩き始めると、後からアラン(シェパード・♂・8歳・40kg)が付いてきた。
見ると、長い舌を出してハアーハアーしている。
そういえば、彼も長い間洗っていない。
そう思って、いきなり水道の水をかけ、乱暴に“洗犬”を開始。
最初は迷惑そうな顔でこちらを見ていたが、気持ちいいのか終わるまでじっとしていた。
洗車も終わってアランの体を拭くときには、だいぶ乾いてきていた。
それにしても毛がよく抜ける。
まとわりついてくるため、衣服や体について、とるのが大変だ。
散歩や食事といろいろと手がかかる。
それでもこいつは可愛い。
一緒にいるだけで楽しい。
無条件に可愛い。
アラン!散歩に行くから、もう少し待ってろ。



